洞爺湖(とうやこ)は、北海道虻田郡洞爺湖町と有珠郡壮瞥町にまたがる湖。支笏洞爺国立公園に含まれるほか、2008年の日本百景に登録されている。
衛星写真(1999年)北海道南西部に位置する。洞爺カルデラ内にできた湖で、面積は日本で9番目、カルデラ湖としては屈斜路湖、支笏湖に次いで3番目の大きさ。
東西約11km、南北約9kmのほぼ円形の湖で、中央に浮かぶ中島(面積4.85km2)の最高点(標高455m)を中心として東北東〜南東〜南南西にかけての領域が壮瞥町、他は洞爺湖町の区域となっている。
アイヌの人々は洞爺湖のことを「キムン・トー」(山の湖)と呼んでいたが、湖の岸を意味する言葉「トー・ヤ」が和人により湖名とされた。地元では「どうや」と呼ばれることもある。
洞爺湖(2007年10月)洞爺カルデラは約10万年前の最終間氷期に数回の噴火を経て形成された。最後の大規模な噴火による降下火山灰は北海道から東北にかけての広い範囲の地層に見られる。カルデラ壁周辺には火砕流堆積物による台地も形成されている。戦前より昭和30年代まで操業した幌別硫黄鉱山からそのまま垂れ流しにされた鉱山廃水により、昭和30年代には湖水がPH2ほどの強酸性に汚染され多くの生物が死滅した。ところが昭和52年に有珠山が大噴火、大量の火山灰が洞爺湖へ降り注ぐとアルカリ性の火山灰によって酸性の湖水が中和され、結果として
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が緩和される形となった。
元々は貧栄養湖で透明度は高かったが、閉山した鉱山廃水の他にも南岸の洞爺湖温泉街をはじめとして排水の流入が増えていたため、透明度の低下が著しい。
南岸に洞爺湖温泉、有珠山・昭和新山があり、北海道有数の観光地帯となっている。
第55代横綱北の湖(日本相撲協会前理事長)の四股名の由来はここから来ている。
2008年7月には洞爺湖近郊のザ・ウィンザーホテル洞爺にて第34回主要国首脳会議(北海道・洞爺湖サミット)が開催された。
『銀魂』(ぎんたま)は『週刊少年ジャンプ』で連載されている空知英秋の少年漫画作品。2006年春からアニメ化もされ、放送中。派生作品として小説「銀八先生」もある。
『週刊少年ジャンプ』で2003年12月(2004年2号)から連載開始。作者の初連載となるSF時代劇の体裁をとった人情コメディ漫画で、単行本は2008年12月現在、26巻まで刊行。単行本売り上げは現在2,200万部と大ヒットを記録。話数カウントは「第○訓」(○には漢数字が入る)。
主人公が、周囲の面々と繰り広げるドタバタコメディがストーリーの基本路線ではあるが、シリアスなドラマも時折展開される。
ジャンプフェスタ・アニメツアー'05で本作のアニメ『?何事も最初が肝心なので多少背伸びするくらいが丁度よい?』が上映され、2006年4月4日からはテレビアニメシリーズがスタートした。
公式サイト『銀魂どっとこむ』のアドレスは『gintama.com』になる予定だったが、シルバーアクセサリーを取り扱う会社が同じアドレスを取得していたため、『少年ジャンプ』(Jump)の「J」をつけて『j-gintama.com』とした。
現在はかなりの人気を誇っているが、連載初期(単行本発売前あたり)は誌上アンケートの結果が芳しくなく、連載順位も後方で低迷していた(アオリ文も「打ち切られないようにがんばります」的なものが多かった)。週刊少年ジャンプは誌上アンケートの結果を特に重視しているため、単行本第1巻の初版も印刷数がかなり少なかったのだが、誌上アンケートの結果に反して単行本はすぐに売り切れるという結果になった。その後はじわじわと人気を上げていき、アニメ化にまで至っている。
本作品は実際に起きた
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の出来事を『宇宙からの天人の来航』と位置づけ、天人によってもたらされたオーバーテクノロジーにより非常に現代に近い価値観となった江戸時代を描いている。基本的には現代的だがそれ以上に発達した科学が確立されているためサイバーパンク的な事件に見舞われることもある。新選組などの歴史上の人物がモデルとなっているキャラクターや組織も多く登場している。なお単行本のおまけページによると銀魂の世界は「海外=他の星」という感覚で描かれてはいるものの地球上には日本以外の国家もちゃんと存在しており、ターミナルの存在などから全ての国家のなかで江戸が一番栄えていることになっている。
江戸時代末期。「天人(あまんと)」と呼ばれる異星人達が襲来した。まもなく地球人と天人との間に二十年にも及ぶ攘夷戦争が勃発。数多くの侍、攘夷志士が天人との戦いに参加した。しかし天人の絶大な力を見て弱腰になっていた幕府は天人の侵略をあっさりと受け入れ条約を締結。廃刀令により刀を失った侍は衰退の一途を辿る。世の中に天人がのさばり、幕府は天人による傀儡政権となった。
天人が襲来してから20年後、志村新八は一人の侍に出会う。価値観の変わった江戸で、未だに変わらない侍魂をもった男・・・その名も坂田銀時。侍の魂を学ぶために彼の営業する万事屋で働くことになった志村新八と夜兎族・神楽。他にも、たくさんの仲間が加わり、歌舞伎町は今日も大騒ぎなのだった。
基本的には1 - 3話程度で話が
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する(稀に4話)が、たまにシリアスかつバトル中心の内容である
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が描かれることもある。下記の長編以外にも重めの話が続いた後は、話は続いているが気楽な短編になることが多い。「ひょんなことから大事件」の描写で、週刊少年ジャンプ連載の弊害「バトル漫画へのシフト」を回避している節がある。 なお、過去最長の長編ストーリーは「吉原炎上編」(全19話)、最短ストーリーは「幽霊旅館編」(全6話)である。
洞爺湖温泉(とうやこおんせん)は、北海道胆振支庁管内虻田郡洞爺湖町(旧蝦夷地、明治以降の旧胆振国、旧虻田町)にある温泉。
自動車利用 :
夜行バス
経由であれば道央自動車道・虻田洞爺湖ICが近い。一般道経由の場合、西側に国道230号、東側に国道453号が通じている。
路線バス : 道南バスが乗り入れている。洞爺駅より約20分、室蘭市より約2時間、札幌駅より約2時間40分。詳しくは洞爺湖温泉ターミナルを参照。
通称見晴台から望む洞爺湖温泉街(2008年5月)洞爺湖湖畔に温泉街が広がる。洞爺湖温泉のほかにも、壮瞥温泉、財田温泉、洞爺温泉、仲洞爺温泉などの温泉が洞爺湖畔に存在する。その中でも洞爺湖温泉が中心地であり、旅館、
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の数も多い。また遊覧船の発着場であり、洞爺湖観光の中心地となっている。2000年の有珠山の噴火でできた噴火口が温泉街の間近に存在する。
温泉街では、2005年4月20日から同年8月末までの間、手湯、足湯を巡るスタンプラリーが開催されていた。
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に参加し、その後懸賞に応募することで懸賞品を手にすることができた。また犬専用の足湯もある。
開湯は1917年である。洞爺湖の湖水が熱い場所があることを知った三松正夫、杉山春巳、安西岩吉の3人が、湖岸で43℃の源泉を発見したことが温泉の始まりである。
その後、北海道庁から
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利用許可を取得し、「竜湖館」という旅館を開業させた。開湯当初は「床丹温泉」という名前であったが、後に湖名にちなんで洞爺湖温泉となった。
有珠山(うすざん)は、北海道・洞爺湖の南に位置する標高737mの活火山。山頂は有珠郡壮瞥町にあり、
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は虻田郡洞爺湖町、伊達市にもまたがる。過去100年間に4度の噴火活動が観測された、日本でも特に活発な活火山である。
二重式火山で、直径約1.8kmの外輪山の中に大有珠(737m)、小有珠などの溶岩円頂丘(溶岩ドーム)や、オガリ山、有珠新山(669m)などの潜在円頂丘(潜在ドーム)が形成されている。また山麓にも溶岩円頂丘の昭和新山や、潜在円頂丘の金比羅山、四十三山(明治新山)などを有している。
1663年以降の活動はケイ酸 (SiO2) を多く含んだ粘性の高いマグマによるもので、噴火前には地殻変動や群発地震を発生し、噴火に伴って溶岩ドームや潜在ドームによる新山を形成するのが特徴である。
2007年、
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とともに日本の地質百選に選定された(「有珠山・昭和新山」)。
洞爺湖をかたちづくる、洞爺カルデラの南部に有珠山が形成されたのは、約2万年前と考えられている。噴火を繰り返し年月をかけて成層火山をなしたが、約7千年前に山頂部が爆発。その際に山体崩壊が発生し、南側に口を開けた陥没地形が形成された。この時発生した岩なだれは噴火湾にまで達し、有珠湾周辺の複雑な海岸線をつくった。
山頂崩壊後は長く
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を休止した有珠山であったが、1663年(寛文3年)旧暦7月14日に山頂噴火した。翌日には山麓の家屋を焼き住民5人が死亡したとの記録がある。活動は7月末まで続いた。この時の噴出物で山頂南側開口部が再び閉塞され、山頂火口は現在のような臼状の地形となった。
次の活動は1769年(明和6年)12月で、南麓の集落が全焼した。山頂陥没部に現在の小有珠にあたる溶岩ドームが形成されたのは、この明和噴火か、その前の寛文噴火の時と考えられる。
最も大きな被害をもたらした噴火は1822年(文政5年)旧暦1月19日に始まった噴火で、2月1日には山の南側を中心に火砕流が流下し、火砕サージも発生した。これにより南西麓のアブタコタン(現在の洞爺湖町入江)が壊滅し、記録によって異なるものの50名以上の住民が死亡したとされる。また、蝦夷地随一の馬産牧場であった虻田・有珠牧場も多くの馬を失う被害を受けた。今日ではオガリ山と呼ばれている潜在ドームは、この噴火で形成された。